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中国茶の歴史と台湾茶近代史略年表

   『紀元前3000?後6世紀ごろ』

  古代・夏・殷 (紀元前?1100

  前2800ごろ 神農氏が毒消しに茶葉をいた。人類と茶樹と初の出会い。

  『神農氏百草、日遇七十二毒、得茶而解之』。

  周・春秋戦国(紀元前1100?前221

  前1100ごろ  お茶が飲まれていた証。

  『自秦人取蜀而後、始有茗飲之事』。茶文化の始まりと言われます。

  秦・前漢・後漢(紀元前221?後220

  四川省一帯でお茶が飲まれていた事を、西漢成帝の時王褒が書いた『僮約』内に

  文章として記載されている。

  「烹茶盡具」と「武陽買茶」 当時、お茶は生活の一部だったようです。

  三国・晋     (220?420

            安徴省で貢茶の最初の記録。

  南北朝   (420?589)

    晋の首都南遷の後、建康(南京)は東晋と南朝の首都。茶の地位更に重要になる。

    「以茶代酒」の風習。

    500年ごろにトルコに初めてお茶を輸出。

  隋     (420?589)

    隋文帝がお茶を好んだことから、喫茶の流行に拍車がかかる。

 

  『紀元7?10世紀』

  唐     (618?907)

    唐の時代は中国茶葉と茶文化の一番発展した源。

    「茶興於唐」と「不可一日無茶」

    758年前後 茶聖、陸羽が「茶経」を着す。

    茶経は上、中、下三巻、に分かれ、

    論述茶の起源、産地、烹茶水の次第、喫茶器皿、製茶過程、喫茶風習など

    七千文字にも余る内容が書かれている。

  貞観十五年 文成公主トルコに嫁に行く、其の時茶苗、茶葉と茶文化を一緒に持てた。

  770年頃 浙江省顧渚山に貢茶院が設置される。顧渚の紫筍茶は貢茶の代表。

  775年頃 蒙古族と野間で、茶と馬の交易が行かれる

  780年頃 茶托が出現し、蓋碗に発展する。

  805年頃 日本の遣唐使名僧最澄さんが中国でお茶苗を日本へ持ち帰える。

 

  『紀元10?13世紀』

  五代十国・宋 (907?1279)

   『茶興於唐而盛於宋』

  964年  茶の専売制度の確立。

  976  宋の時代の貢茶(建茶)は福建省建渓を生産する。

       一番の名茶は「北苑」製造の「龍鳳餅茶」

  1058年  茶の専売制度を廃止する。

  1110年頃 第八代皇帝徽宗が『大観茶論』を着す。

         宋の貢茶発展する為に「鬥(とう)茶(ちゃ)」通称點茶鬥(とう)碾(ざん)など

       一列の茶を品鑑するからお茶は文化になる

       日本の名僧、栄西が中国でお茶を学び、茶の文化を日本へ持ち帰えり

       『喫茶善養生法』を着す。

  元     (1279?1368) 

 

  『紀元14?17世紀』

  明 (1368?1644

  1372年  茶馬貿易を独占して行なう茶(ちゃ)馬(ば)司(し)を置く。

  1391年  明太祖洪武年間朱元璋が、農民に負担を強いるこう固形茶の製造を禁止。

       明人改めで蒸菁から炒菁にする、炒菁の製法が発達し。

  1480年頃 散茶の発達とともに、花の香りだけを吸着させたお茶が登場。

  1517   ポルトガル人が広東省に渡米、ヨーロッパ人として最初にお茶を知る。

  1559  ムラージオ(伊)が著書の中で、初めて中国茶をヨーロッパに紹介。

  1602  オランダが東インド会社を設立。茶と茶器をヨーロッパに紹介。

  1607  オランダがマカオから積み出した茶をヨーロッパで販売。

  1617  『金瓶梅』小説刊行。72話に六安茶にゴマや花を混ぜたという記述がある。

  1635  オランダが東インド会社を通じ、フランスにお茶が輸入される。

  『紀元17?20世紀』

  清 (1644?1912)

  宜興茶壺の出現が烏龍茶の広まりに寄与し、工夫茶を生み出す清国の南下にともない、

  華北全般で花茶嗜好が高まる。

  ヨーロッパ、とくにイギリスに中国の茶葉が輸出され、爆発的な普及を見る。

  1644年  イギリスが厦門で茶の取り扱いを開始。

  1645年  台湾に自生する野生茶がすでにオランダ人に目撃されている。

  1646年  イギリス東インド会社が茶の輸入を開始。

  1657年  オランダに代わりイギリス東インド会社がイギリス市場に茶を販売。

  1751年 乾隆帝が杭州巡幸中に龍井茶をほめ、上流階級の人気の的となる。

  1767年 イギリスが輸入の見返り品としてインド産アヘンを使用。

  1785年 エンプレス・オブ・チャイナ号が中国から茶を積みニューヨークヘ。

  1791年 『金瓶梅』小説刊行。銘茶を飲む場面が描写されている。

  1796年 清代(1796?1820)柯朝というひとにより福建省の武夷茶が台湾北部に移植され、

      以来烏龍などの優良品種茶の栽培が広まる。

  

  1818年 スウィート(英)が「茶とツバキは同一属」と提唱。

  •  再製加工をほどこされ輸出。

  1840年 清国政府のアヘン没収にイギリスが報復し、アヘン戦争勃発。

  

  1855年 鹿谷の林氏により大陸の茶苗が伝来し、台湾中部地域でも茶の栽培が始められる

  1858年 天津条約に基づき台南、安平、淡水が開港。

  1863年 高雄(打狗)、基隆(鶏籠)が追加開港。

  •  イギリス人貿易商人のジョン・ダドは樟脳の視査に来台し、台湾茶に前途を見いだす。
  •  当時の淡水税関の記録には、すでに台湾茶のジョン・ダド量は82トンと記録。
  •  ジョン・ダドは福建省安渓で茶の苗木を購入し、台湾の農家に栽培を勧める。
  •  同時に烏龍茶製造工場を建設。
  •  

  1867年 ジョン・ダドは台湾烏龍茶を厦門で販売開始する。

  1869年 ジョン・ダドは二艘の帆船に台湾産の烏龍茶が、127.86トンを積ませニューヨークへ。

      (フォルモサ烏龍茶の誕生)

      セイロン(現スリランカ)産茶の輸出が増加し、中国・台湾のお茶は出荷停滞。

        在庫品となった烏龍茶は福建省福州に運ばれジャスミンティに加工、

             四両(150グラム)一袋のパッケージングで包種茶として販売される。

  1874年 広州や上海に大衆的な茶楼が出現。

  1875年 木柵、樟湖地区に安渓樟産鉄観音が栽培される。

      同年、現屏東県恒春でも茶の栽培が開始。

  1876年 貿易会社の開設ラッシュ、台湾茶の輸出業が加熱。

  1880年 台湾烏龍茶の生産量は5428.533トンに達し、福建省産にかわり首位につく。

      1865年から15年間は台湾烏龍茶の黄金期にあたる。

      福建省から茶師、呉福源さんを招き、包種花茶工場を建設。

        これを機に、1894年まで台湾産包種花茶の大量生産が続く。

  1883

 

  1885

  1886年  清国のお茶の輸出量がピークの13萬4000トンに達する。

  1889年

  1895

  1899

  1900

  1901

  1902

  1903

  1904

  1911

  中華民国 (1912?1949,台湾へ)1914

  1915年

  1916

  1918年

  1919

  1921

  1922

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  1930年

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